筋ジスの生徒が死亡 通報まで16分「教員の力量不足」

教員の力不足という発言に疑問

筋ジスの生徒が死亡 通報まで16分「教員の力量不足」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190520-00000071-asahi-soci

通学バス内で痛ましいできごとがあったようです。通学中のバスの中、先天性筋ジストロフィーという持病を持つ生徒がのどに痰をつまらせてしまい、その大切な命を落としてしまいました。この出来事に対する状況でみえてきたのは、支援学校という種類の学校においてはさまざまな生徒を預かる中、一人一人の子どもに目が届かない状況があったということです。この状況に対し、「教員の力不足」という校長の発言のフレーズに疑問を感じます。

支援学校での指導

さまざまな子どもたちが通う学校では、集団としての指導と個別的な指導などが必要でしょう。一人ひとりの状況を把握することが教育において大切な要素になるはずです。支援学校の場合は、それぞれの子どもがなんらかの問題を抱えている場合が多いのではないでしょうか。当然ながら、一般的な学校よりもより子どもたちの状況を理解、把握する必要性が求められます。

限れている教師の目

教師が把握できる生徒数は、その状況によって異なります。一般的に小学校などの1クラス人数は地域によっても異なるかもしれませんが、35名~40名というイメージです。一人の教師が集団として指導しやすい人数なのかもしれません。

これが大学生などの年齢になった生徒への授業であれば、100名近くの人数への講義を行うことができるでしょうが、一人ひとりを把握ということは難しいでしょう。

さまざまな問題を抱える子どもたちを安全に把握し、適切に指導していくということを考えると、一度で見ることができる子どもの数はかなり限られてきてしまうのではないでしょうか。

「教員の力不足」という発言が意味するもの

病気が原因となり、大切な命が失われました。通学バス内で異変が起きてその異変に気付くのが遅れたためという理由に落ち着いているようです。この状況に対し、「教員の力不足」といえるのでしょうか?通学バス内においては、バス運行中の安全のためのルールがあるはずです。常時、歩き回り一人一人の子どもの状況を見続けることは不可能に近いでしょう。さらに、落ち着きがないなどのさまざまな子どもたちが同乗しているのであれば、なおさら、目が行き届かないことになるはずです。

そのような状況を把握せず、対策をとってこなかった運営側の責任が問われることはないのでしょうか?「教員の力不足」という教員に対して責任転嫁をしている表現に聞こえてしまいます。

今後の課題

教員の行動指針、子どもたちへの対応ルール作成と実施状況のチェックなど、学校側としての運営方法を見直していき、教員を守ることができる組織でなければなりません。教員という過酷な職業に就きたいという夢をもった若い人々がどんどん少なくなってしまいます。

子どもたち一人ひとりへの教育のために、その子どもたちへのよりよい教育を行うために、教員を守る組織として学校がシステムづくりをしていく必要があると思います。体罰問題、部活動などにおける超過勤務などを含めて、教員だけではなく学校、地域、国が一丸となって大きな労働環境改善、指導環境の改善などを実施なければなりません。

教員を楽にするという目的ではありません。教員がより子どもたち一人ひとりの教育に目を向け、よりよい教育を行うことに日本の未来が託されているように感じます。

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